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私達の舞踏の先生である土方巽が稽古が終わってから屯する数人の生徒の側に寄ってきて、希少品を特別に内緒で捌くように「(生には)死が三割程あった方がいいんだよ」と小さな声でポツリと言う。
私達は「ふーん(そんなものなのかな。そうなんだろうな)」と素直に頷いた。
この場合、土方の言う死とは生が対象化した観念的ではないそれのことだろう、ということは土方舞踏をやっている私達には分かった。それ自体が生の一部であるような死。生と同居しているような死。
「死が三割程」?
「三割程」とは、いい数字だ。死との馴染み方にも色々あるだろうが、これ以上多くなると日常を取り繕えない。あの世とやらが寄り添って来る。記憶の配置が換わって時間が空間化されるような感覚が現出する。
私は物心付く前から喘息に苦しめられてきた。今にして想えば、その当時、よく自殺しなかったかと不思議だが、死という代物が分からなかったのだろう。ただただ、そういうものなのだろうと受け入れる他なかった。
喘息という病気は気管支が発する狭窄音により、周りの者を苛立たせる。特に母親などはそれを産み出した責務も手伝い尋常の状態ではいられないようだ。
「普通の人とは違うのだから」が母親の口癖だった。だからであろうか、私は「普通の人」に憧れた。学校を一二週間休むのはしょっ中だった。「都合がいい時だけ病気になるのな」などという学友の皮肉にも何時しか馴れた。
発作の前兆が現れると、不安に襲われた。それは体の中からゾワゾワッとやって来る。吸う息が重くなって吐く時狭窄音がヒューヒューと鳴る。「普通」じゃなくなり始める。ここが勝負時なのだ。私はできるだけゆっくりと息を吐く。呼吸音をさせないためだ。喘息になると母親から怒られる。隣に寝ている弟が「なっただろ」と笑いを含ませた顔を向ける。私は脂汗を流しながら首を振る。
朝食の時が大変だった。卓袱台に向かい合わせに坐る母親にバレないように食事を摂る。「なったでしょう」。私の顔を覗き込み母親が冷めた口調で言う。「なってないよ」脂汗と冷や汗を同時にかきながら私はゆっくりと囁く。
坂道はきついが学校までどうにか辿り着き、机の上に鞄を置く。級友達が水紋が広がるように私から距離を置く。異様な必死さが体から表現されてしまっていたのだろう。バレている。「普通」には見えないのだ。音が静まってくれない。私はやっとの想いで家路につく。始業時間が過ぎた学校の外の街は妙によそよそしい。
「なって当たり前よ」、「ならない方がおかしい」。母親は信仰する宗教の短絡的な因果論で私を悪者にし、神とやらと対峙させる。先回りすれば安心できるのだろう。私は苦しくて反発はできない・・・虐待。
テレビ画面の戦争と同じよう苦しみは見ている側も苦しくさせるが、観念操作で紛らわすことは可能だ。ところが当事者は逃げ場がない。
苦しみと和解する、その心の景色は「普通じゃない」のかもしれない。
死はいつでも寄り添っていた。それが私の「普通」だったのかもしれない。今でも変わらない。
「三割程」とはよく言ったものだ。ギリギリのところだ。安定するためには拮抗を保っていなくてはならない。とにかく死も生き物だから、日々増減し濃淡を変え勝手に動き回る。諦観でもしていれば、また面白いのかもしれないが、殆どの場合、鬱の症状に見舞われるのではないか。疲れるわな。気を張ってなければならないから。
土方がどこまで死を体現しているのかは分からないが、生死を網羅しているような超人を装う自己イメージ作りには、ヤンチャさが感じられる。たかが入院で狼狽えるのは健康人によくあることだ。「(戦後)ヒロポン打ったこと、看護婦に言わなくてよかったかな?」とか、今更ジタバタしても始まらない。
「死ねば終わり」とも言っていた土方だが、ま近の死を受け入れた時の最後の言葉「神の光を臨終している」には団塊の世代からは喪失しているアーティストとしてのダンディズムが漂う。戦後文化を表象する西洋と東洋、個と普遍の綾が織り成す面白い景色だ。そこには人間の宿命に対する有限なるものの誇りが指向性として、ある。詩人は自ら詩に成り得ないところが詩人の沽券なのだ。・・・こんなことを語り合える人が舞踏界には一人もいなかった。みんな「普通じゃない」ことに憧れているような輩ばかりだった。二十年も昔の話である。
信教の自由がネックになり日本ではデス・エデュケーションは広まっていない。
「ジョギングすれば死なないと思っている」などと揶揄される日本人は死の問題を先送りし続けてきた。長寿、核家族化という現代日本の状況においては、個人が身近に死に直面することは少なくなっているのも、その理由の一つだろう。
高齢化社会を迎え、延命医療、臓器移植などが提示する倫理的問題から、人の死の意味が改めて問い直されるされる昨今、より充実し生を享受し合うためにアートは何ができるのか?アートの存在意義を体という人の普遍的属性から考えていくことが舞踏のミッションだと考えている。
世界の人口の2%で10%の冨を占有する日本人は、グローバルという座標軸において新たな課題を投げかけられている。そこで、日本文化の特性が人類の創造的コミュニケーションに如何に貢献できるのか、一つの体を持った一人の普通の人間として問い続けていきたい。凡庸な一日本人から観れば世界は「普通じゃない」ことで満ち溢れている。
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