音に埋没して無私になるわけではない。
意識はいる
それは確かに私の意識だろう。だが風景の中に泳いでいて「私」では捕らえられない意識だ。
至高感はない。
静かだ・・・喘息の発作がピークに達した時の様態と同じだ。
おばあちゃんが血相を変えて背中を擦る。神様に祈る母の両の手のひらの温度が上がってくる。父が心配そうに顔をしかめて立つ。「死ぬんじゃないか」と祖父が呟く。弟が怯えた顔つきで箪笥の横から首を出す。妹がその後ろに息をひそめてしゃがんでる。
気管支から出る狭窄音が響き続ける部屋の中、私の体は息を吸うため、休ませてくれない肩の上下運動に汗だくで疲れに浸かりきっている。
その体から抜け出している意識はとても静かにいる。
佇むように部屋全体を眺めている。
自分の苦しみ方の間(ま)、壁紙の毛羽立ち、天井から吊るされた電球の発光するフィラメントのグラデーション。天井と畳の滲みの色合い。家族それぞれの体の形とそれに対応するそれぞれの精神構造と心の様態。それらの狂いようもない距離感。
まるで部屋という雑多な所作を一つの風抜けがいい体たらしめるように浮遊している意識。
迷い込んだ一匹の蛍のようにその特殊な時空間にたよりなくも確かに佇んでいる。
寂しいと想う感情を許容する余裕など発作時の身体にあろう筈もない。
その意識感覚をあえて名付けるなら孤独とでもいうものなのだろうか。
同じ部屋の中にもう一匹の蛍が迷い込んで来た。
即興デュオ・グループを組んでいた*吉沢元治との演奏はこうした身体=意識感覚が互いの現場に通底していた気がする。
どちらかが出す音はどちらのものであるかなど、どうでもよいという感覚があった。音というマテリアルの距離感を正確に計ることだけが大切なことだった。
即興コラボレーションは無駄の入り込む余地ない関係性を景色として共有することに始まっている。コンセプトでは静けさの速度に追い付けるものではない。愛(いと)しすぎて忘れてしまいたい体の行為なのだ。
そして、踊りと演奏は同じことだった。
発作の深度がピーク時より少しだけ水位を下げる。浮遊していた意識がしっかりと体に舞い戻る。再び苦しみが体に根を張り直す。もはや静けさは何処にもない。私は両手で思いっきり自らの髪の毛を引っ張る。発作の苦しさを他の部位に移行させるために。
(嵐山の闇に対する蛍かな 虚子)
* 吉沢元治---日本のフリー・ジャズの先駆的コントラバス奏者。
友恵しづねと即興デュオ・グループを結成。
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