|japan INDEX|English INDEX|Contact us|





'96年「エディンバラ・インターナショナル・フェスティバル」
「友惠しづねと白桃房」招聘公演パンフレットより一部抜粋

筆:友惠しづね


Copyright (c) OFFICE TOMOE Ltd.1995 All Rights Reserved.
 60年代、美術家、音楽家を中心にしたアバンギャルド芸術の流れの中で後にブトーと言われる前衛舞踊がモダン・ダンサーの土方巽を中心に勃興してきた。役者、ショー・ダンサーなどをも巻き込む、この期の運動は、裸体、女装、石膏塗り、宙吊り、前衛ジャズとのコラボレイションと非常に挑発的で、実験的な要素に彩られたものであった。
 70年代に入ると白塗りメイクが定式化し、日本人の体を基点とする身体論が標榜され、各団体とも独自の様式が確立していくことになる。歌舞伎の「見得」、能の「運び」、人形浄瑠璃の「人形振」など伝統芸能の他、日本人の生活に基づく身体、時・空間のあり方を研究、咀嚼し、舞台芸術の要素として組み入れていった。



ー舞踏の身体ー

 造語ですので翻訳はありませんが、私はふだん振付に当たる役職を「踏振」(とうふり)と呼んでいます。「踏振」は形と動きに還元される振付とは根本的に違ってきます。
 例えば、一本の木を演じる場合、見た目からのアプローチを重要視するというよりも、根から養分を吸い上げ、幹から枝、葉へと絶えず送り込まれるエネルギーの流れ、自然のメカニズムそのものを取り入れることを重視します。それと同時に、木が其処に立ち、葉が生い茂り花が咲くのは、明恵という日本の宗教家が言っておりますが、全て仏性ゆえ、という観方も必要になってきます。又、素材感なども重視しますが、物質と精神が混交するような身体処理。生死の問題もこうした身体を通して生きられると考えています。

Copyright (c) OFFICE TOMOE Ltd.1995 All Rights Reserved.