1987年結成。舞踏の根幹を唯一担う存在として、国内外の多くの演劇、舞踊フェスティバル等に出演。1994年、ニューヨーク・タイムズ誌では「ビヨンド・ブトー」と評され、従来の舞踏のカテゴリーを越えながらその根源を伝えるものとして高い評価を得る。1994年アデレード・フェスティバル招聘参加。「これは私がオーストラリアで観た最も思考を刺激し、没頭させられる公演であった。」(THE SYDNEYMORNING HERALD) 、「耳を傾けさせる音楽、髪が逆立つようなクライマックスにより『蓮遥』はその豊かな象徴性や力強いイメージをもって滲み出してくる。」(サンデーメール)。1996年エディンバラ・インターナショナル・フェスティバル招聘参加。「私が今まで見た中で最高のパフォーマーたちである。」(ファイナンシャル・タイムズ)、「第50回エジンバラ・フェスティバルは友惠しづねの舞踏が初参加したことで記憶されるであろう。」
(スコッツマン) 等の公演評を得る。 クラシック、ロック、ジャズ、伝統芸能、モダンダンス、役者、映像、美術など国内外のジャンルを超えたアーティスト達とのコラボレーション作品、即興ライブも多い。ジャズとの共演によるBiennale
Musiques en Scene 2002(リヨン)フェスティバル、X-japanのhideとのライブ、オペラ・ド・リヨン「マダム・バタフライ」(吉田喜重演出)、NHKオペラ「魔笛」に出演、友惠しづね振付。
2007年友惠しづね演出による台湾伝統劇団「江之翠劇場」との共同作品『朱文走鬼』が台新芸術賞パフォーミングアーツ部門大賞受賞。2010年同作品はFESTIVAL DE L'IMAGINAIRE(国立オペラドパリ上演)に招聘参加、絶賛を博す。 「マルチメディアと身体」をテーマにテレビ電話会議システムやインターネットを利用した遠隔コラボレーション「テレプレゼンス・シリーズ」では、多ジャンル、多テクノロジーとの共同創作を展開。
近年は誰もが楽しめる舞踏をめざして小学校、福祉施設などでのボランティア公演、講習会も積極的に行っている。
2009年日本顔学会誌に「舞踏の顔」を寄稿。2010年情報コミュニケーション学会誌に「身体コミュニケーション最前線」を寄稿、同学会で「究極の身体コミュニケーションを体感する」を講演。
舞踊、演劇など創造的な身体表現技術の開発に貢献するものとして友惠舞踏メソッドを通じて俳優や他ジャンルの舞踊家を対象にワークショップを実施している。2010年ユネスコシアタースタジオ(ルーマニア)で「JAPANESE THEATRE AND CULTURE」コースの講師を務める。